名古屋カレーうどんまとめ|発祥の鯱乃家と若鯱家、えびすや、豊橋カレーうどんまで

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愛知県に初めて足を踏み入れたとき、「カレーうどん」の幟がやたら多い街だなと思ったのは、すでに20年も前。
正直、カレーうどんなんてものは、カレー風味の餡かけうどんで、寒い日の出前で食うものってな印象でした。立ち食いそばを手繰っている時、隣からカレーの匂いがすると、食指は動くが、所詮子供の食べるもの!なんて考えていたアタクシ…。
それが、実際に愛知県で食べてみたら旨いんです。物凄く旨いんです!
名古屋のカレーうどんは、よそのカレーうどんとは別の食べ物なんです!是非味わってください!っと今では声を大にして言っております。

本店鯱乃家のカレーうどん。とろみのあるカレーのつゆに油揚げが浮かぶ
名古屋カレーうどん発祥とされる本店鯱乃家(名古屋市北区田幡)の一杯。

このページは、アタクシが2013年から食べ歩いてきた名古屋カレーうどんの記録をまとめたものです。発祥とされる鯱系、暖簾分けで広がったえびすや、町の麺類食堂の一杯、そして豊橋カレーうどんまで。

名古屋カレーうどんの特徴

よその土地のカレーうどんと並べると、違いがはっきりします。

要素名古屋のカレーうどん
つゆビシッとスパイスが利いて、鶏がらの旨みに魚節の旨みまで入る。黄色が強い。
麺讃岐うどん全盛の今では考えられない太めで柔らかめ。
具定義はないが、油揚げ・かまぼこ・青い長葱が入る店が多い。
締め残ったつゆにライスを投入。追い飯は名古屋の麺類食堂では”あたりまえ”。

肝は油揚げです。アタクシも最初は違和感がありました。カレーに油揚げ?と。
ところが食べると、これがメチャクチャ合う。つゆを吸った油揚げを噛むと、コクを増したカレーの汁が出てくる。最高です。

なぜ名古屋でカレーうどんが根づいたのか

もともと名古屋の麺類文化は深淵です。
麺と一言に言っても、うどん、そば、中華そば、きしめん、味噌煮込み。味噌煮込みのうどんは塩を入れずに打つ特殊な麺で、煮込んでも伸びません。つゆはたまり醤油の赤に、出汁の白、味噌がある。その上、温度もちんちこちん(熱々)、温かい、常温、冷たいとあるんだから、組み合わせは数え切れない。

その選択肢の上にカレーが加わったから、新しい名物店と繁盛店が生まれた。名古屋の麺類食堂は栄枯盛衰を繰り返して、さらに深くなっていきます。
カレーうどんは、その深さの一番わかりやすい断面だとアタクシは思っています。

発祥は黒川の一軒|本店鯱乃家と若鯱家、鯱系をたどる

名古屋のカレーうどんで一番有名なのは若鯱家でしょう。東海地方にチェーン展開していて、ショッピングセンターでよく見かけます。

っが、これがまたいわくつきで、Wikipediaには「起源となる店舗は黒川(当時の黒川本店、現在は「本店鯱乃家」と屋号を変えて営業)」と書かれています。
平成の初期に名古屋で大ブレークしたそうです。同じ源流から出た店は「鯱系」と呼ばれています。

もう少し細かい話をします。
1976年、ひとりの天才料理人が北区田幡(通称・黒川)に「若鯱家」を開きました。それ以前は「鯱乃家」という店の店長だったとのことです。
この料理人は、カレーうどんに片栗粉や葛ではなく小麦粉でとろみをつけた。またスパイスにもこだわりがあり、カレー粉から特注していたそうだ。そこへ名古屋では珍しい極太麺を合わせたので、麺がスープをよく纏う。
味の芯にある鶏ガラと名古屋特有の旨味の強い節系のダブルスープ。そこへカレー粉のスパイスが乗り、とろみが強いスープに柔めの太麺は相性抜群。
最近よく聞く”絶対旨いやつ”に仕上がった。名古屋カレーうどんの誕生である。

1987年(昭和62年)9月18日、栄に「株式会社若鯱家ブラザーズ」が設立され、1号店が開きます。翌1988年に社名を「株式会社若鯱家」へ変え、東海地方にチェーン展開していきました。いまショッピングセンターで見かける若鯱家は、この会社のお店です。
黒川の店は1992年に屋号を「本店 鯱乃家」へ改め、いまもその名前で営業しています。

2026年現在、「若鯱家」を屋号に掲げるのは株式会社若鯱家のお店だけ(小牧の歩々亭は「若鯱家分家」を名乗ります)。
名古屋の麺類食堂には長い歴史があり、それぞれがストーリーを持っているのである。

もうひとつ大事なのが、黒川の若鯱家は、名古屋じゅうのうどん屋の跡取りが修行に来る店でもあったこと。だから鯱系は、暖簾分けと弟子筋の両方へ枝分かれしています。

店場所創業系統アタクシの記録
本店 鯱乃家
旧・若鯱家 黒川本店
名古屋市北区田幡1976年名古屋流カレーうどんの祖2021年・2013年
松喜久名古屋市天白区—黒川出身。弟子筋では先輩格(閉店)2014年
若鯱家 極楽店
極楽本店
名古屋市名東区—黒川の暖簾分け(閉店)—
若鯱家 清明山店名古屋市千種区上野—黒川初代の味を継ぐ直系(閉店)2014年
若鯱家 犬山店犬山市西北野—黒川の暖簾分け(2018年8月に閉店)2013年
若鯱家分家 歩々亭小牧市中央—屋号を変えた直系の暖簾分け2018年
若鯱家
チェーン
名古屋市中区栄(1号店)1987年1987年に始まったチェーン。黒川の店とは別会社—
うどん錦名古屋市中区錦1982年弟子筋/錦三で「シメのカレーうどん」の先駆け2014年
若旦那21名古屋市瑞穂区1988年弟子の店/10種以上のスパイスを一杯ずつ合わせる未訪問
勝美屋名古屋市東区代官町1937年1969年に今の屋号へ。黒川と同じ業者のカレー粉を使い続けた手打ちの店未訪問
長生うどん新城市中野—店に「本家伝統の味 名古屋流こってりカレーうどん」の張り紙。本家が何処かは未確認。2024年

そして残念な話がひとつ。「若鯱家」の屋号を使った黒川の暖簾分けは、2018年8月の犬山店の閉店で途絶えました。アタクシが2013年に食べた、あの犬山店です。

ただし屋号を変えた弟子の店は残っています。小牧の歩々亭がそれで、正式に暖簾分けを受けた直系。
アタクシは2018年に、何も知らずにそこで食べていました。いま思えば、あれが生き残った直系の一杯だったわけです。

鯱乃家の看板には、いまも若鯱家の文字が残っています。令和のいまは若鯱家ではない、というこだわりなのでしょう。
メニューは木札だけ。やはり本家の風格は今なお残っております。
▶ 鯱系を整理した2014年のメモ

名古屋最古のカレーうどんは黒川か!?

ここまで「発祥は黒川」と書いてきましたが、異論はあります。

名古屋の麺類食堂を丁寧に記録されたjov’s house(じょばんにさん)は、「名古屋で最初にカレーうどんを出したのは鯱乃家ではなく、千種の三朝だろう」と書いておられます。

筋はこうです。三朝の創業は1931年(昭和6年)。初代は東京・早稲田の「三朝庵」の出身。
その三朝庵は1906年創業で、カレー南蛮(うどん)を生んだ店とされています。考案は1908年(明治41年)ごろ、近所にできた洋食屋に客を奪われ、取り返そうとして生まれた一杯だったといいます。卵とじカツ丼の発祥でもある、あの店です。
そこで修行した初代が、看板メニューを名古屋で出さなかったとは考えにくい。だとすれば三朝のカレーうどんは、鯱乃家より45年早いことになります。
ただし、じょばんにさんご自身が「ウラ取りができているわけではないが」と断っておられます。

アタクシなりに整理すると、これは二つの別の問いなのだと思います。
「名古屋流カレーうどん」──小麦粉でとろみをつけた、あの極太麺のどろりとした一杯を作ったのは誰か。これは黒川です。ここに争いはありません。
「名古屋で最初にカレーうどんを出した」のは誰か。こちらは三朝かもしれない。東京は早稲田から来た筋です。

ややこしいのは、三朝は両方に足をかけていること。店そのものは1931年からあって、のちの代の大将は黒川でも修行しているそうです。古い筋と新しい筋が、一軒のなかで交わっている。
その三朝を、アタクシはまだ食べていません。ここまで書いておいて、いちばん大事な一軒が宿題のままです。
なお、早稲田の三朝庵は2018年7月に閉店しました。112年でした。

参考:早稲田ウィークリー「さよなら“カツ丼”三朝庵」

町の麺類食堂のカレーうどん

看板にカレーうどんを掲げていない麺類食堂にも、たいていカレーうどんはあります。創業が昭和末期以前のお店は、名古屋カレーうどんではなく、東京のカレー南蛮よりってのも興味深い。

店場所記録
三朝庵
カレー南蛮の発祥とされる店・2018年7月閉店
東京・早稲田—
三朝(さんちょう)
1931年創業。初代が三朝庵の出身
名古屋市千種区千種未訪問。宿題です
やぶ久 一社店
東京のカレー南蛮・閉店
名古屋市名東区カレー南蛮定食
山田屋
東京のカレー南蛮
名古屋市東区訪問記録
味良
カレー煮込み
名古屋市北区訪問記録
玉屋
東京のカレー南蛮
名古屋市千種区訪問記録
おか茂
名古屋カレーうどん・閉店
名古屋市西区那古野ミンチカツカレーうどん
かもや春日井市訪問記録
吉川屋
名古屋カレーうどん・閉店
名古屋市北区訪問記録
山花屋
東京のカレー南蛮・2019年2月廃業
名古屋市名東区廃業までの記録

えびすやのカレーうどん ── 暖簾分けの名簿は箸袋の裏に

名古屋カレーうどんの御三家と呼ばれたかどうかは知りませんが、えびすやも有名だったらしい。チェーン展開というより暖簾分けで、各店が独自の歩みを続けています。

ありがたいことに、箸袋の裏が名簿になっています。お子様気質が抜けていないアタクシは、つい全店制覇を目指してしまいました。

えびすやグループの箸袋。栄店・日進通店・大治店・守山店・勝川店・猫洞店・山手通店・西尾店・桑名店の住所が並ぶ
えびすやの箸袋。裏にグループ各店の住所が並んでいます。
店場所記録
総本家えびすや本店
(えびすや栄店)
名古屋市中区錦きしめん・カレーうどん
えびすや 守山店名古屋市守山区八剱2023年1月/2021年5月/2024年5月
※名東店が移転してこちらに。2026年3月31日閉店
えびすや 猫洞店名古屋市千種区猫洞通麺類食堂の定食/カレーうどん/きしめん
えびすや 日進通店名古屋市千種区日進通カレーうどん/天南丼/2021年10月
えびすや 名東店
※守山店へ移転(2026年3月閉店)
名古屋市名東区名東本通2019年3月/2018年7月/2019年12月/2020年3月
えびすや 山手通店名古屋市昭和区山手通ビルのなかの麺類食堂/リベンジ訪問
えびすや 勝川店春日井市旭町きしめん定食/きしめん定食、カレーうどん/きしめん定食前
えびすや 大治店海部郡大治町きしめん、お子様セット
えびすや 西尾店西尾市熊味町カレーうどん
番外 ゑびすや大府市大東町表記がカレーうどん、「ゑ」の大箱
番外 恵比寿三重県桑名市江場カレーうどん、鍋焼きうどん

▶ えびすやグループメモ(2023年1月)|箸袋の名簿を書き起こした全店リスト
▶ 2018年11月版のメモ|移転・閉店が起きる前の並び

新しい風 ── 柳橋中央市場の「カレーうどん大庵」

2025年11月、柳橋中央市場のマルナカ食品センターに「カレーうどん大庵」ができました。名古屋の人気ラーメン店「如水」を手掛けるワイルドウッドの新しい試みです。

カレーうどん大庵のカレーうどん。かまぼこ、豚バラ肉、ねぎが載り、揚げ玉の小鉢が添えられる
カレーうどん大庵(柳橋中央市場)。油揚げは踏襲、つゆは比較的サラッと。

具に油揚げが入るのは名古屋流の踏襲。ただしつゆは、とろみはあるものの比較的サラッとしたタイプで、麺は林製麺の中太手揉み麺。にんにくや揚げ玉で自分で完成させるタイプでした。
▶ カレーうどん大庵(2025年12月)

豊橋カレーうどんは、まったくの別物

同じ愛知県でも、豊橋のカレーうどんは別の食べ物です。うどんの下にご飯が隠れている。

勢川本店の豊橋カレーうどん。うずら卵と油揚げが載り、薬味ねぎと紅生姜が添えられる
勢川本店(豊橋市)の豊橋カレーうどん。この下にとろろご飯が眠っています。

うどんを食べ終えると、丼の底からとろろご飯が出てくる。最初から仕組まれたワンプレートです。名古屋の「追い飯」が客の勝手なら、豊橋のそれは店の設計。
▶ 勢川本店で豊橋カレーうどん(2026年)
▶ 勢川本店(2013年の記録)

名古屋カレーうどんのよくある質問

名古屋カレーうどんの特徴は?

とろみを小麦粉でつけたつゆ、鶏ガラと節の出汁、太めで柔らかい麺、そして具の油揚げ。カレーソースとカレー汁の間くらいの粘度で、追い飯必至。

発祥はどこ?

1976年に北区田幡(通称・黒川)で開いた「若鯱家」、いまの本店 鯱乃家とされています。

若鯱家と鯱乃家の違いは?

鯱乃家は1976年に黒川で開いた元の店で、1992年に屋号を「本店 鯱乃家」に改めました。若鯱家は1987年に栄で1号店を開いたチェーン(株式会社若鯱家)で、ショッピングセンターなどで見かけるのはこちら。

「追い飯」とは?

麺を食べ終えたあと、残ったカレーのつゆにご飯を入れて食べることです。名古屋の麺類食堂ではあたりまえで、鯱乃家では小ライスに沢庵を二切れ付けてくれました。鯱乃家で追い飯をした記録もどうぞ。

豊橋カレーうどんとは何が違う?

豊橋カレーうどんは丼の底にとろろご飯が入っていて、うどんを食べ終えるとご飯が出てくる仕組みです。名古屋の追い飯が客の工夫なら、豊橋のそれは店の設計。豊橋の節で詳しく書いています。

いま食べに行ける店は?

鯱系なら本店 鯱乃家(北区田幡)、若鯱家分家 歩々亭(小牧市)、うどん錦(中区錦)、長生うどん(新城市)。アタクシがまだ食べていないのが三朝(千種区)、若旦那21(瑞穂区)、勝美屋(東区)。チェーンの若鯱家は東海各地にあります。
営業時間や定休日は変わることがあるので、お出かけ前にご確認ください。えびすや守山店は2026年3月31日に閉店しています。

家でも名古屋のカレーうどんを

あのつゆは、家の鍋ではなかなか出せません。名古屋の店の味は、取り寄せたほうが早いというのが正直なところです。

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まだ食べていない一軒

千種区の三朝(さんちょう)に、まだ行けていません。鯱系の系譜を追うなら外せない一軒だと、名古屋の記憶、鯱系カレーうどんの系譜(quieu-Rousさん)で知りました。
この記事が秀逸で、アタクシが十年かけて食べ歩いたものが、系譜としてきれいに整理されています。宿題が増えました。

名古屋の麺を、ほかにも

▶ きしめん”定食”まとめ|えびすやのきしめんもこちらに
▶ 名古屋の中華そばまとめ|麺類食堂の漆黒の一杯
▶ 一八のれん会の記録|もうひとつの暖簾分けの系譜
▶ 名古屋の市場めしまとめ|大庵のある柳橋中央市場はこちら
▶ 【子連れのグルメ】|子連れで行ける店の記録

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ここに載っていない鯱系のお店、アタクシの記憶違いや間違いがあれば、ぜひコメント欄で教えてください。

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